21/07/2023 哲学する!ニホンジン 課題1
rokuさん、コメントありがとうございます。
この課題は2002年に出版した「哲学する!練習帳」(文香社)の21年後の
再版のために、現在タイピングしなおし、英和対訳版にし、電子書籍とペーパーバック(印刷本)にしているものです。ほぼ、和文タイピングが終わり、これから2か月ほどかけて推敲し、英訳して出版する原稿の元のものとなります。2002年当時、それなりの話題本となり、また、「哲学する」という言い方がなかったときに、筆者が使いはじめて、哲学者ほかの方々も使いはじめ、それなりの影響があった本です。
構成は、筆者が創った「課題」、友人・知人の回答、筆者の回答、それに軽い分析と言うもので成り立っています。下記に、一つ目の課題を載せます。よろしかったら、回答をお考え下さい。では。
A:哲学する課題
私がバックパックを背負い、南インドのマドラス(当時の地名。現在はマラウイ)を貧乏旅していたときのことです。「バクシーシー(喜捨してください、お金を恵んでください)」と言って、近づいてきた7歳ぐらいの乞食の女の子がいました。話しているうちに、私は冗談で女の子と同じ動作をしながら「バクシーシ―」と言うと、女の子は自分のポケットから小銭を全部出し、その半分を私にくれようとしました。自分が食えるかどうかの生活を日々しているのだろうに、自分が持っている全財産のお金の半分を私に分け与えようというのです。私の言葉をつゆとも疑わずにです。私はそのとき、言葉がこんなに信じられるものだとは思っていませんでした。私は強烈なショックを受けました。私はインドが大好きになりました。旅が大好きになりました。そして、人間を肯定しようと思いました。
ここで、「哲学する」ことに親しむ課題です。一つ目なので、少し詳しくします。
乞食の女の子がくれようとしたお金を、あなたは、
1:もらう
2:断る
3:その他
さて、あなたなら、そのとき、どうしますか?
少し追加の説明を加えておきます。上記の課題はひじょうに具体的内容です。もしかしたら、この「哲学する!課題」に取り組むことによって、あなたも私も、モノゴトの真髄に近づくのではないか、と思います。コタエは回答者のこれまでの人生における知識や体験や教養や宗教観から異なってくるでしょう。たとえ、最終的なコタエが同じになっていても、それを導き出すための途中の思考回路は異なるでしょう。その途中の思考を私は大切に思います。ぜひ、コタエの選択だけでなく、それを導き出した想いも書いてみてください。では。
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